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コーチによれば、男が犯している間違いの2つ目は、「一球ごとに、いまのは良かった、いまのは悪かったと判断していること」だという。 「良いとか悪いとか判断してはいけないというのは、どういう意味ですか?何も考えずに打っていたのでは、欠点の直しようがないじゃないですか? ただ漫然と、アウトだ、インだ、とだけ思いながらボールを打っていればよいのですか? それとも、そんなことさえ判断してはいけないのですか?」 皮肉っぽく聞こえたかと心配になったが、コーチは気にしなかったようだ。 「いまのはgood、いまのはbadと判断するということは、結局のところ、何をしていることだと思うかね?」 男はそれには答えず、コーチに話を続けてくださいと目で促した。 「それはテニスコートの上で自分に話しかけているということだ。ほとんどの人が、常に何かを自分に話している。テイクバックが遅れた、スイートスポットに当たらなかった、手首をこねた、苦手なバックにボールが来た、どうしよう困った、ああまた失敗した、下手クソ、恥ずかしい、情けない……テニスをしているあいだ片時も休むことがない。つまり、テニスプレーヤーの中には2人の人間がいるんだ。わたしはこれを<セルフ1>と<セルフ2>と呼んでいる」 セルフ1? セルフ2? 「わたしの造語だから聞いたことがないだろうがね。命令し、評価し、結果を予測し、失敗を恐れ、叱るのがセルフ1。意識、自我、エゴと言ってもよい。そして、命令され、評価され、叱られるのがセルフ2だ。無意識、本能と言ってもよい。セルフ2は素晴らしい能力の持ち主なのだが、セルフ1にあれこれ言われて縮みあがり、スムーズな運動ができないでいるんだ」 「それはわかります。たしかに、結果や勝敗を考えないで無心でプレーしているときほどいい結果が出ますからね」 「そう。フォールトのサーブはうまくリターンできるのも、その理屈だ」 「わたしはイレギュラーしたボールが好きで、思いがけずいい球が打てることがあります。とっさにラケットを合わせるだけなんですけどね」 「とっさの身体反応では、あれこれ考える暇がない。つまりセルフ1の出る幕がなく、セルフ2だけでからだが動く。だから、いい結果が出る。きみの本来の能力とかセンスが発揮されるんだ」 「ということは、イレギュラーじゃない普通の球を打つときにも、セルフ1にできるだけ仕事をさせなくすればいいということですね。Goodとかbadとか判断するのはセルフ1だから、判断するという行為を停止すれば、セルフ2が働いてくれると」 「そう、わかってきたね」 でも、どうすれば判断や評価をしないで無心でプレーができるのだろう? コーチの理論は理解できたが、無心になることは簡単ではない。とくにトーナメント試合で無心になることの難しさは、負けた悔しさとともに嫌というほど味わっている。 「無心になる--つまり、セルフ1を黙らせ、セルフ2でプレーするためには、ただ<事実>のみに精神を集中すればいいんだ」 人の良さそうなコーチが、剣の極意を語る剣豪のように見えてきて、ちょっとおかしかった。 「飛んでいったボールにはgoodもbadもない。Goodとかbadとかは判断であり、評価であり、感想であって、事実ではない」 「Goodやbadが事実じゃないのはわかりますが、じゃあ<事実>って何ですか?」 「たとえば、<ボール>というのは物理的実体であり、その意味では事実だ。ただし、<速いボール>はどうか? 必ずしも事実じゃない。打ちにくい、振り遅れるかもしれない、こんな球を打つ相手には勝てない、といった過去の記憶からくる不安とか先入観、つまり事実以外の衣をまとっているかもしれないからね。そういうもの一切を排除した、いま目の前で起こっている純粋な出来事が<事実>ということなんだ」 <速いボール>は事実じゃない。でも遅いか速いかを判断しないと、それこそ振り遅れたり、振り急ぎになる。<時速100キロのボール>ということなら事実なのか? それではスピードガンを持ってプレーしなくてはならなくなる。 わかりかけた話が、また少し遠のいたような気がして、男は少しがっかりした。好き勝手にやっていればマスターできるという話だったのに、いつのまにかずいぶん難しいことになってきた。好き勝手にやるということが実は難しい、ということなのかもしれないが。 男の不安げな表情に気づいたコーチが笑いながら言った。 「言葉で説明すると難しくなるが、実際はそれほどじゃない。少し練習すれば、だんだんセルフ2が自由に動き始めて、こういうことなのか、と実感できるはずだ。からだで覚えるということだね」 「ほんとうですか? どんな練習をすればいいんですか?」 男の問いに答えて、コーチは6つの練習方法を教えてくれた。それは、これまで聞いたこともないようなユニークな練習方法だった。 次回(インナーテニス3)に続く
by tennis_passtime
| 2006-06-09 07:33
| ●雑学・技術・科学
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