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![]() 評判の増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)を読んだ。2段組700ページの大著。友人が貸してくれたので読み始めたものの、そもそも木村政彦を知らなかったし、最後まで読み切れるとは思わなかったが、結局、途中でやめることができなかった。 柔道史上最強と言われる木村政彦(1917年生まれ)は、1937年から全日本選士権(当時は「選士権」)3連覇、1940年の天覧試合(当時は国を挙げての大イベント)でも5試合をすべて一本勝ち。1942年に兵役で柔道を離れるが、復帰した1949年以来、全日本選手権13連破というから半端ではない。 そんな誇り高きサムライが、戦後の窮乏期、まずプロ柔道に参じ、そしてプロレスに転向する。紆余曲折を経て力道山との対戦が決まり、全国民注視のもと、「昭和の巌流島」を闘うが、無惨な敗北を喫してしまう。引き分けにするという事前の了解を力道山が破り、身体を開いて空手チョップを待っていた木村をめった打ち、めった蹴りにしたのだった。柔道王の栄光は地に墜ちた。しかし木村は、真剣勝負と信じている国民に対し、事前の約束を反故にした力道山の非を言い立てることができない。 この一戦後、戦後復興のシンボルとなってスター街道を歩む力道山に対し、木村は屈折した思いを抱えて生きることになる。再戦を望むが果たせず(力道山が受けるはずもない)、かつての師の計らいで指導者として再び柔道の世界に戻りはするが、国民的尊敬を集めたスターの晩年としては、いささか寂しいものであったことは否めない。 この本は、柔道界の英雄が「力道山に負けた男」という単層的な見方で記憶されることを許せないノンフィクションライターが、木村復権のために書いた本である。木村の人生を克明にたどり、プロレス転向の背景や力道山との因縁の一戦の真相に迫っている。一次資料をとことん探し抜いて事実を検証しようとする努力、事実と推測の明確な区別、力道山についても公平に書こうとする姿勢が、本書に圧倒的な読み応えと信頼性を与えている。構想18年、『ゴング格闘技』での連載3年7カ月、執念の労作というほかない。 ただ、力道山に真剣勝負を挑んだはずの木村が、プロレス方式の試合をなぜあっさり受け入れたのか、その重要な点が見極め切れていないように思えてならない。第27章、とくに532〜35ページが、どうしてもストンと納得できない。どんな些細なこともゆるがせにしない本書は、どこを読んでいても、ふと浮かぶ疑問がすべて次のパラグラフで説明されるという快感を味わえるだけに(だから最後まで読めた)、釈然としない思いが残る。私の読みが浅いのかもしれないのだが……。 YouTubeでMasahiko Kimuraと入れて検索すれば、力道山との対戦を観ることができる。私も観てみた。素人の感想だが、木村からは史上最強の柔道家のオーラは感じられず、最初から真剣勝負だったとしても木村が勝ったとは限らないのでないかと思った。著者はこの動画をさまざまな柔道家や総合格闘技家に見てもらい、語られた感想を文字に起こしている(技術論に興味がある読者には本書の読みどころのひとつかもしれない)。「真剣勝負なら木村が勝っていた」という確信を得たい著者の意図に反して、さまざまな意見が語られるが、すべて包み隠さずに紹介されている。 著者の意識は木村の人生を鋭く二分する力道山との一戦に向けられているとしても、「力道山に負けた男」という単層的な見方に反論すべく書かれた本書は、当然ながら、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という単層的な問いに終始しているわけではない。 ・柔道技術の変遷(打撃禁止、関節技禁止、寝技軽視) ・異なる柔道観による主導権争い、そして講道館による柔道支配 ・戦前の柔道の存在感と柔道家の社会的ステータス ・戦後GHQによる武道禁止と柔道のスポーツ化 ・武術性を受け継いだ外国柔道(ヘーシンクに象徴される)に敗れた日本柔道 ・グレイシー柔術と柔道の深い関係 ・戦前戦後の日本の裏面史と世相 ・興行ビジネスと闇社会および政治の関わり ・プロレスの不文律 ……といった、さまざまな情報が詰まっており、どの観点から読んでも読み応えがある。 さて、最後にあらためて書名の問い、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に戻ろう。 それは、ブック(台本)ありの試合を受け入れてしまった己の失敗を認めたから。 だまし討ちであったとしても、負けは負けと認める矜持があったから。 良き妻に恵まれた良き人生であったと、最後のところでは受容していたから。 これが700ページの大著から読み取った私なりの答えである。それにしても武道家には熱い人が多い。著者も元柔道家である。 ●ご用とお急ぎでない方はワンクリックをお願いします。 ![]() ●もっとご用とお急ぎでない方は▶所長の読書ブログもご笑覧ください
by tennis_passtime
| 2012-02-19 19:23
| ●読書ノート
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