カテゴリ:●BOOKS
- ラファエル・ナダル自伝[ 2012-02-25 12:02 ]
- 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか[ 2012-02-19 19:23 ]
- パーフェクトマイルーー1マイル4分の壁に挑んだアスリート[ 2011-04-03 11:52 ]
- 武士道剣道と競技剣道……『武士道セブンティーン』[ 2011-03-30 23:46 ]
- リアル……クルマいすバスケットの世界[ 2010-07-19 09:50 ]
- スマッシュ×スマッシュ[ 2010-06-10 01:07 ]
- 2つの剣道の戦い[ 2010-04-21 00:46 ]
- 「人生の時間」と「テニスの時間」[ 2010-04-08 00:45 ]
- 星一徹はソン・チョンイルか[ 2010-03-07 14:36 ]
- 人はなぜ「応援」するのか?[ 2010-03-06 21:40 ]
ラファエル・ナダル自伝

『ラファエル・ナダル自伝』(実業之日本社)を読みました(写真は原書カバー)。
スーパースターの意外な側面、家族・親戚との強い絆、友人たちとの関係、出身地マヨルカ島の人間関係重視文化、コーチで叔父のトニー・ナダルとの関係、サポート・チームの貢献ぶり、足の故障との闘い、コート上での闘い、両親の離婚がもたらした苦悩など、およそファンが知りたいことのすべてが、巧みな構成で読みやすく盛りこまれていました(執筆はジョン・カーリンという実力派記者)。
フェデラーを泣かせたころのナダルは私には敵役でしたが、いまのナダルはジョコビッチにいじめられて苦しむ存在。この本を読んで、これからはもっと応援しようと思うようになりました。以下、「なるほど」と「へぇ〜」をアトランダムにメモってみます。
●2007年ウィンブルドン決勝でフェデラーに負けた後、更衣室で30分も泣き続けた。
●コーチのトニー・ナダル、厳しすぎ。勝っても褒めない。「相手のほうが上手かった」とかなんとか。ちょっとぐらい褒めてもいいんじゃない?と思うほど。
●子どもの頃、他の子は帰らせても、ナダルにだけコート整備をさせたりした。特別扱いしないとは聞いていたが、逆の特別扱いかも。
●ナダルが子どもの頃、大会に優勝して帰宅。家族と親戚が集まってパーティを準備していた。それを見たトニーは、ラファをダメにする気かと本気で怒り、祝福のメッセージを書いた紙を壁から引きちぎってパーティを解散させた。
●ニューヨークを3人で歩いていたとき、たまたまナダルが真ん中だった。トニーが突然、「ダメだ」と声を上げた。ナダル大将に取り巻き2人のように見えるから端を歩け、と。もう一人が過剰さにあきれて言い争いに。それも含めてトニーだと理解しているナダルはおとなしく端に寄る。
●逆に、ナダルとトニーの対立を周りが取りなすことも。
●そんな感じだけれども、ナダルはトニー・コーチとの関係を解消する気はない。他のさまざまな役割のサポートメンバーについても同じ。テニスでの成功以上に、彼らとの関係が大切と言わんばかり。強い信頼関係と友情はうらやましいほど。ほんとうに人間関係を大事にしていることがわかる。
●2005年、19歳のとき、足の舟状骨(甲の突起している部分)の痛みが激化。医師から、もうテニスができなくなるかもしれないと言われ、泣きくずれる。舟状骨が骨化しない幼年期に激しい運動をすると大人になって痛みが出てくる。父は、たとえあらゆる治療がうまくいかなくても、お前ならゴルファーでも成功する、と励ました。問題は、特殊なインソールを入れてプレーすることで解決に向かうが、それはこれまでのバランスが変わることであり、膝や背中などに新たな問題が生じるかもしれないとも言われる(もしかしたら膝の痛みもそのせいか)。いまもインソールの微調整を続けながら、時限爆弾を抱えてプレーをしている。
●長く続いているステディなガール・フレンドがいるが、あまり観戦に来ないし、メディアにも出ない。仕事を休んでまで応援には行けないし、そんなことをしてもナダルが喜ばないと知っている。
●妹と仲が良い。しょっちゅうメールのやりとりをしているが、妹は、どんな些細なことでも悪いニュースは兄を動揺させるから知らせられない、と考えている。
●マヨルカ人はスペインのなかでもとくに先祖代々住んでいる町や村に強い帰属意識を持っている。富や名声より人との絆が大事。有名人でも特別視・特別扱いしない。誰もサインをせがまない。
●根っからのマヨルカ人であるナダルはマヨルカが大好きで、他の都市に住むことは考えられないし、試合が終わると飛んで帰る(スポンサーのプライベート・ジェットは断っているナダルなので、格安航空便に乗ることもある)。
●心配性、臆病(雷と犬が怖い)、自動車の運転が下手(むちゃくちゃゆっくり運転する)、テニスのこと以外では優柔不断(親が決めてくれたり、選択の余地がなくなるとホッとする)。
●ハードなトレーニングで知られるが、トレーニングではランニングはしない。テニスはダッシュの繰り返しなので、ランニングで鍛えるのは逆効果というのが、彼が信頼するトレーナーの考え。有酸素運動はテニスで十分まかなえていると考えている。
●日本食が好き。ニューヨークでもメルボルンでも、いきつけの日本食レストランがあるみたい。
●フェデラーを尊敬しているが、「辛抱強く返球すれば、いずれミスを誘える」と考えている。
●ジョコビッチについては「はっきりとした戦略を立てられない」「彼を優位に経たせてしまえば、止めようがなくなってしまう」と警戒。この本の出版後、負け続けているのは皮肉な巡りあわせ。
●半端ではないレアル・マドリードのファン。日曜日に決勝戦、月曜の治療(膝の特別な注射)のために1300キロを父の運転でドライブ。それもすごいが、友人の家で宅配ピザを食べながらテレビでレアルの勝ちを見届けてから真夜中に父が運転する車で出発したというから驚き。
●2010年全米の前にサーブのときのグリップを微妙に変えて、より厚く当たるように。スライスサーブを改良。「サーブは確信を持って打てない」「特に緊張すると、リズムが崩れてしまう」「本来右利きなのに、テニスだけ左手でプレーしているので、神経回路が混乱するのかもしれない」と自己分析。
●自分でも認めるほど謙虚。そこはトニー・コーチの指導の影響もありそう。謙虚さについてナダルの言葉。「謙虚とは、天賦の才だけでは勝てないと自覚し、試合の大事な場面で集中力を最大限に発揮することの重要性を理解することだ」。
●格下の相手も尊敬する。尊敬のあまり防御的、守備的にプレーする傾向があるが、それが取りこぼしがすくない理由と自己分析している。
●とにかく集中することに集中している。それのみが勝敗を分ける、と考えている。ゲームプランを考え、それを徹底的に行なおうとする。深く考え、相手と自分のメンタルな動きをつねに見つめながら試合している。
●「ナダル」はカタロニア語やマヨルカ島の方言で「クリスマス」を意味する。ちなみに「フェデラー」は「羽毛商人」。
例によって長いメモになりました。ここまでつきあってくださった方は、以前書いた力作(笑)2編にもあらためてリンクしたので、ぜひお読み下さい。
トニー・ナダルが語るラファエル・ナダルの強さの秘密
必殺の一撃
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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

評判の増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)を読んだ。2段組700ページの大著。友人が貸してくれたので読み始めたものの、そもそも木村政彦を知らなかったし、最後まで読み切れるとは思わなかったが、結局、途中でやめることができなかった。
柔道史上最強と言われる木村政彦(1917年生まれ)は、1937年から全日本選士権(当時は「選士権」)3連覇、1940年の天覧試合(当時は国を挙げての大イベント)でも5試合をすべて一本勝ち。1942年に兵役で柔道を離れるが、復帰した1949年以来、全日本選手権13連破というから半端ではない。
そんな誇り高きサムライが、戦後の窮乏期、まずプロ柔道に参じ、そしてプロレスに転向する。紆余曲折を経て力道山との対戦が決まり、全国民注視のもと、「昭和の巌流島」を闘うが、無惨な敗北を喫してしまう。引き分けにするという事前の了解を力道山が破り、身体を開いて空手チョップを待っていた木村をめった打ち、めった蹴りにしたのだった。柔道王の栄光は地に墜ちた。しかし木村は、真剣勝負と信じている国民に対し、事前の約束を反故にした力道山の非を言い立てることができない。
この一戦後、戦後復興のシンボルとなってスター街道を歩む力道山に対し、木村は屈折した思いを抱えて生きることになる。再戦を望むが果たせず(力道山が受けるはずもない)、かつての師の計らいで指導者として再び柔道の世界に戻りはするが、国民的尊敬を集めたスターの晩年としては、いささか寂しいものであったことは否めない。
この本は、柔道界の英雄が「力道山に負けた男」という単層的な見方で記憶されることを許せないノンフィクションライターが、木村復権のために書いた本である。木村の人生を克明にたどり、プロレス転向の背景や力道山との因縁の一戦の真相に迫っている。一次資料をとことん探し抜いて事実を検証しようとする努力、事実と推測の明確な区別、力道山についても公平に書こうとする姿勢が、本書に圧倒的な読み応えと信頼性を与えている。構想18年、『ゴング格闘技』での連載3年7カ月、執念の労作というほかない。
ただ、力道山に真剣勝負を挑んだはずの木村が、プロレス方式の試合をなぜあっさり受け入れたのか、その重要な点が見極め切れていないように思えてならない。第27章、とくに532〜35ページが、どうしてもストンと納得できない。どんな些細なこともゆるがせにしない本書は、どこを読んでいても、ふと浮かぶ疑問がすべて次のパラグラフで説明されるという快感を味わえるだけに(だから最後まで読めた)、釈然としない思いが残る。私の読みが浅いのかもしれないのだが……。
YouTubeでMasahiko Kimuraと入れて検索すれば、力道山との対戦を観ることができる。私も観てみた。素人の感想だが、木村からは史上最強の柔道家のオーラは感じられず、最初から真剣勝負だったとしても木村が勝ったとは限らないのでないかと思った。著者はこの動画をさまざまな柔道家や総合格闘技家に見てもらい、語られた感想を文字に起こしている(技術論に興味がある読者には本書の読みどころのひとつかもしれない)。「真剣勝負なら木村が勝っていた」という確信を得たい著者の意図に反して、さまざまな意見が語られるが、すべて包み隠さずに紹介されている。
著者の意識は木村の人生を鋭く二分する力道山との一戦に向けられているとしても、「力道山に負けた男」という単層的な見方に反論すべく書かれた本書は、当然ながら、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という単層的な問いに終始しているわけではない。
・柔道技術の変遷(打撃禁止、関節技禁止、寝技軽視)
・異なる柔道観による主導権争い、そして講道館による柔道支配
・戦前の柔道の存在感と柔道家の社会的ステータス
・戦後GHQによる武道禁止と柔道のスポーツ化
・武術性を受け継いだ外国柔道(ヘーシンクに象徴される)に敗れた日本柔道
・グレイシー柔術と柔道の深い関係
・戦前戦後の日本の裏面史と世相
・興行ビジネスと闇社会および政治の関わり
・プロレスの不文律
……といった、さまざまな情報が詰まっており、どの観点から読んでも読み応えがある。
さて、最後にあらためて書名の問い、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に戻ろう。
それは、ブック(台本)ありの試合を受け入れてしまった己の失敗を認めたから。
だまし討ちであったとしても、負けは負けと認める矜持があったから。
良き妻に恵まれた良き人生であったと、最後のところでは受容していたから。
これが700ページの大著から読み取った私なりの答えである。それにしても武道家には熱い人が多い。著者も元柔道家である。
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パーフェクトマイルーー1マイル4分の壁に挑んだアスリート
パーフェクトマイルニール・バスコム著
松本剛史訳
ソニー・マガジンズ刊
2004年7月30日発行
定価:本体1800円+税
人類初の1マイル(1609.344メートル)4分切りを目指した3人のランナー——ロジャー・バニスター(イギリス)、ジョン・ランディ(オーストラリア)、ウェス・サンティー(アメリカ)——の挑戦をたどった読み応えのあるスポーツ・ノンフィクションです。
時代は1950年代前半。当時、人間が1マイル4分の壁を破ることは不可能と言われていました。人体の生理やトレーニングについての理解も今のようには進んでおらず、激しい練習は寿命を縮めるとさえ考えられていました。シューズやトラックの性能も今より格段に劣っています。アマチュアリズムの時代ですから、ただ走っていればよいわけでもありません。
そんななか、国も、生まれた境遇も、性格も、競技環境も異なる3人は、ただ名誉のために過酷な努力を続け、激しくしのぎを削ります。私は3人それぞれにすっかり感情移入してしまい、誰にも負けてほしくないと思いながら、誰が勝つのかわからずハラハラしながら読み進みました。
この本はミステリーではないし、結果は歴史的事実なので、書いてしまいますが、最初に4分を切ったのはロジャー・バニスター、時は1954年5月6日、タイムは3分59秒4でした。
でもご安心を。この本はそこで終わるわけではありません。2ヵ月後に、ジョン・ランディがそれを上回る3分58秒0という記録を出したのです。世界の注目は、こんどは2人の直接対決へと移ります。先に4分切りを果たしたバニスターの不安と焦燥、2人の対決を解説席で見守ることになったサンティーの悲哀……本書はクライマックスに向けてラストスパートしていきます。
スポーツのシーンを文字にしたすぐれた作品は多数ありますが、本書に描かれた数々のシーン、とくにバニスターの4分切りレースと、バニスターとランディの直接対決の2レースは、読み終わると、呼吸が乱れ、脚が筋肉痛になります。読み応えのある本でした。
■人類で初めて1マイル4分を切ったバニスターのレース
■1マイル4分切りを果たした2人、バニスターとランディの直接対決
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バニスターが4分切りを果たすと、それから1年以内に4分以内で走る選手が23人も現れており、それはスポーツにおける心理的バリアの持つ意味を物語る好例となっています。
現在の1マイルの世界記録は、1999年にモロッコのヒシャム・エルゲルージが出した3分43秒13。すでに10年以上経っていますが、この記録を人類の限界だと主張する人はいません。
陸上競技の記録ということなら、私の目下の最大の関心は、いつ誰がマラソンで2時間を切るかです。そうなったら世界的大ニュースでしょうが、この本を読むと、バニスターの1マイル4分切りもそれと同じぐらいの衝撃であったことがわかります。
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武士道剣道と競技剣道……『武士道セブンティーン』
武士道セブンティーン誉田哲也著
文藝春秋
2008年7月10日刊
定価:本体1476円+税
剣道に打ち込む女子高生2人が主人公の青春スポーツ小説。『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』『武士道エイティーン』と続く3部作の2巻目。軽快な空気感がとてもさわやかです。私は年齢的に、作者が想定する読者対象から大きく外れていると思いますが、楽しめればいいんです。気分が若返りますよ。
物語は、対照的なキャラの磯山香織と西荻早苗(離婚した両親が再婚して本書では甲本早苗)の2人の語りが交互に出てくる形で物語が進みます。そこは前に紹介した『武士道シックスティーン』と同じですが、『シックスティーン』が勝負する剣道(香織)と楽しむ剣道(早苗)の衝突と融和という軸で進む物語であったとすれば、『セブンティーン』は、武士道としての剣道(香織の剣道も早苗の剣道も武士道へと通じている)と競技としての剣道の対比を軸として進む物語です。
後者を体現するのは、剣道の高度競技化を追求する、もう1人の女子高生剣士、黒岩レナ(伶那)。フランス人の血が1/4混ざったクォーターにして博多弁でしゃべるレナの考えは以下のごとし。
「竹刀が刀だったらとか、そういう曖昧な想像力で何かを補うよりも、剣道は、一本の基準をもっともっと明確にして、反則もちゃんと、試合中に理由を宣告して、競技としての完成度を上げていった方がよかと思っとーとよ。ルールが明確になれば、今よりもっと一本の基準がはっきりすれば、今までにない技や試合展開が、必ず出てくる。こういう打ち方って駄目かなあ、駄目なんやろうなって、先生の顔色見て諦めてた技も、自分でルールブックを確認してOKやったら、自信を持って出すことができるやろう」(p.110)
「私には、なんで左利きが反対に構えたらいけんのか分からん。高校生が二刀流やったらなんでいけんのかも分からん。私はむしろ、ちゃんと捌けて強く打てるなら、逆手で竹刀を持ってもよかくらいに思っとーとよ。審判だってルールに従って裁くんやから、初めて見る打ち方やって、ルール上OKなら、ちゃんと旗を上げるはずやろう。そういう、きちんと競技化された剣道の方が、個性が出しやすくて、夢があって、面白いと思わん?」(p.110)剣道のことは知りませんが、レナには受け入れ難い、明文化されない非合理的な側面があるんでしょうね。レナの問題意識とは違うと思いますが、私が剣道のユニークさを感じるのは、一本とって思わず喜んだら無効になる(負けになる?)というルール(しきたり?)で、なかなかのものだと思います。たいていのスポーツでガッツポーズは当たり前、柔道でさえ勝ったらピョンピョン跳ねて喜んでいるご時世に、この剣道の禁欲的な姿勢は私には好ましく映ります。
それはともかく、異質な剣道観で邁進する転校先の学校から逃げ出しそうになった早苗が、香織に支えられて踏みとどまる決意を固めるところで物語は終わります。続く『エイティーン』で、武士道剣道と競技剣道がどう切り結ぶのか、香織と早苗の最終対決がどうなるのか、そこにレナはどう絡むのか……とても楽しみです。読んだら報告します。
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リアル……クルマいすバスケットの世界



クルマいすバスケットボールを描いた井上雄彦の『リアル』。すごくいいからと貸してくれた人がいたので、多少の期待を持って読み始めましたが、これほど素晴らしいとは思いませんでした。
突然襲った障害に苦悶する若者、友情と敵愾心、恋、家庭の崩壊と回復、スポーツをする目的をめぐる葛藤とチームの分裂、リハビリの苦しさ……何が自分の「リアル」なのかを問う深い物語世界と迫力の描画に圧倒されながら、現在出版されている9巻まで一気読みしました。
主人公は(カバーイラスト左から)戸川清春、野宮朋美、高橋久信の3人。ほかにも目が離せない登場人物がたくさんいるので、今後の展開では新たな主役級が浮上するかもしれません。
『週刊ヤングジャンプ』で不定期連載、コミック出版は2001年の第1巻から始まって年1冊というペースの大河ドラマから目が離せません。どういうエンディングに向かうのかわかりませんが、少なくともここまでと同じ年数ぐらいは必要な気がします。今年秋に第10巻が出版されるようです。Wikipediaの「リアル(漫画)」の項に詳細な登場人物一覧があるのでリンクしておきます。
スキンヘッドで、マッチョで、喧嘩っぱやいけど、自分が起こしたバイク事故でナンパした女性を歩けない体にしてしまったことに苦しむ野宮朋美が、心の晴れ間に思わず詠んだ気づきを引いておきます。直情ひょうきんな野宮の味が出ていて、けっこう気に入っています。
まだ見えぬ でも地続きの 俺の道 (6巻25ページ)
追記:『リアル』を薦めてくれた人によると、作者がいま注力している『バガボンド』(宮本武蔵の話)がまもなく終わるそうで、その後は『リアル』のペースが上がるのではないかとのことです。
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スマッシュ×スマッシュ
スマッシュ×スマッシュ松崎 洋著
徳間文庫
定価(本体533円+税)
将来を大いに嘱望されながら、ケガで低迷する日本人プロテニス選手・笠松勇太。彼がコーチを務めるテニススクールに、アスペルガー症候群の颯人(はやと)が入ってきた。周囲の無理解で辛い思いをしている少年を放っておけない勇太と、なぜか勇太には心を開く颯人。しだいに心を通わせ合いながら、勇太は復調し、颯人は治癒に向かう。
「テニス小説」としては、サテライト、チャレンジャー、インターナショナルシリーズ(現在のワールドツアー)から成るツアーの構造と、世界を転戦するプロ選手(とくにランキング下位の選手)たちの過酷な暮らしの一端が描かれています。
やや辛口になりますが、もう少しストーリーにひねりとキャラクターに深みがほしいところ。読後感はさわやかなスポーツ小説です。
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2つの剣道の戦い
『武士道シックスティーン』誉田哲也著
文春文庫
『五輪の書』を読み耽り、相手を「斬る」ことだけを考えている香織と、日本舞踊の代わりに剣道を始めた「お気楽不動心」が武器の早苗。対照的な2人の女子高生が、竹刀を交え、剣道観を戦わせ、学園生活で激しくぶつかりあいながら、いつしか自分にはない相手のよさを理解し、昨日の自分を超えて成長する契機をつかみます。
顧問の教師に、2人の性格を足して2で割れるといいのに、と言われ、それじゃ凡人が2人になるだけ、と応じた早苗でしたが、最後には、「いろいろ回り道しちゃったけど、結局私たちの剣道、すごい似ちゃってるじゃない。笑っちゃうよ。そっくりだよ。まるで、ペアで踊ってるみたいじゃない?」と気づくのでした。
楽しくさわやかな青春物語は、楽しむ剣道と勝負する剣道が決して別物ではないことを教えてくれました。もちろん、「剣道」を「テニス」と読み替えてもよいわけです。物語は「セブンティーン」「エイティーン」と続きます。2人の少女の成長が楽しみです。
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「人生の時間」と「テニスの時間」


歳を取るにつれて時間が経つのが速くなるような気がします。なぜでしょう? 同じ長さの時間でも、それが人生に占める割合が、歳を取るほど小さくなるからです。同じ1年でも、10歳の子どもにとっては人生の10分の1ですが、50歳の人にとっては50分の1でしかないということです。
「感じられる時間の長さは年齢と反比例的な関係にある」というのは、フランスの哲学者ポール・ジャネーとその甥の心理学者ピエール・ジャネーが1928年に出版した本で発表した経験と直感に基づく仮説で、「ジャネーの法則」というのだそうです。
このたび私は、ジャネーの法則より説得力のある説を、小池龍之介という若い(31歳)お坊さんが書いた『考えない練習』(小学館)という本で知りました。
ちょっと長くなりますが引用します。
1秒のあいだ人の話を聞いていても、そのうち0.1秒は聞いていても、残り0.9秒は、「相手が自分をどう思っているか」という思考や、過去のノイズが残響していて、五感が鈍り、ぼんやりとしているのです。
これを続けますと、10秒のうち9秒は実感が消え、60分のうち54分は実感が抜け落ち……、やがて年を取ってから過去を振り返りますと、「なんだか数年があっという間に過ぎた気がするなあ」となることでしょう。思考という、現実そのものに直結しない妄想に耽った報いとして、実感がスカスカになり、幸福感が損なわれるのです。
多くの方が年を取るにつれ「最近は年月が早くすぎてゆきますからねえ」という話をするようになる元凶は、現実の五感の情報を、過去から後生大事に蓄積してきた思考のノイズによってかき消してしまうことに他なりません。そしてノイズのほうが現実感覚に完全に勝利した時、人は呆けるのだと思われます。(p.22−23)
う〜ん、納得。
小池さんは多くの人が陥っているこの傾向を「思考病」とか「頭のなかへの引きこもり」という言い方で表しています。ジャネーの法則だと、時間が経つ速さを遅くすることはできませんが、小池さんが説く「思考病」なら、本人の努力でなんとかできそうです。
どういう努力をすればよいのでしょう。小池さんは、いましていることに徹底的に集中することを勧めています。ものを食べているなら、他のことを考えながら食べるのではなく、舌の動きを意識し、食べ物が歯で砕かれ、すりつぶされ、食感が変化していく感覚に意識を向けることを勧めています。
このように食べる練習を続けるうち、いままで大ざっぱにまとめあげ切り捨ててきた、細やかな「現実」そのものが少しずつ見えてくるはずです。それに向かって意識を肉迫させ、しっかり食事に取り組めば、充実しているとか幸せであるということは、実は「何を食べているか」にはほとんど依存しておらず、単に「食べているものに、しっかり心がとどまっているか、いないか」ということによってのみ決まっているのだ、とわかってくることでしょう。(p.137)
テニスのメンタルタフネスを教える名著『インナーゲーム』にも、考えずにプレーすることの大切さと難しさ、身体感覚に身を任せて自動運転状態にはいる(ゾーンに入る)ことの快感と幸福感が書かれています。練習方法としては、たとえばボールをよく見る……ケバケバやプリントされたブランド名を読むぐらいの注意力で見る……といったことが挙げられています。『考えない練習』の食べる練習とまったく同じことです。
『インナーゲーム』は禅の世界観に立った指南書ですから、小池さんの教えと共通するのは当然かもしれません。かくして人生の幸福とテニスのパフォーマンスが一本の道筋に並びました。
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星一徹はソン・チョンイルか
もういちど豊原きこう著『水原勇気1勝3敗12S』(講談社文庫)から。こんどは「アストロ球団」ではなく、星飛雄馬が活躍する「巨人の星」です。私と同世代の人なら、1球投げるのにゴールデンタイムの30分を要する濃密な内面描写に辟易とし、「早よ投げんかい!」とツッコミを入れた記憶があるでしょう。
なかなか投げなかった星飛雄馬の通算成績は下記の通りです。
1968〜70(左投) 37試合 27勝3敗3セーブ 防御率0.34 勝率.900
1976〜78(右投) 29試合 20勝2敗0セーブ 防御率0.97 勝率.909
通算 66試合 47勝5敗3セーブ 防御率0.63 勝率.904
でも、いま紹介したいのは記録ではなく、「星一徹はソン・チョンイルか」と題した、文庫本12ページにわたる考察です。
こうして著者は、星飛雄馬が外国籍であったことを示す強固な状況証拠を提示したうえで、あきらかに東洋系であることや、星親子の境遇や性格から推して、韓国籍であったのではないかと推測します。
「巨人の星」の原作者・梶原一騎は自らの作中で飛雄馬らに向けてエールを送っています。こんな詩です。
いま改めて読むと、魔球開発の野球マンガにはいささか場違いな「差別」という言葉に目がとまります。いつも忍耐の歯ぎしりが聞こえてくるような重苦しいストーリーであったことも思い出されます。著者は、星一徹がソン・チョンイルであったというのは妄想の類いかも知れない、と謙虚に留保していますが、ほとんど疑う余地はなさそうです。少なくとも私には、ストンと腑に落ちました。
追記:上記で触れられませんでしたが、コラムには興味深い指摘が3点ありました。
(1)韓国の姓氏は約260あるといわれる。珍しいが「星」という姓もある。
(2)韓国語には日本語の「まいった」に当たる言葉がない。
(3)韓国の人々の心を説明する「恨(ハン)」という言葉があるが、 これは日本語の「恨み」や「怨み」とは意味がまったく異なり、他者ではなく、自らの内面に深く向けられ留まる「遂げられない無念や嘆き」である。英語の「フラストレーション」に似ているが、自滅しかねないほどの強い感情である点で異なる。韓国人は「恨」を晴らすためにあらゆる努力を惜しまない。
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なかなか投げなかった星飛雄馬の通算成績は下記の通りです。
1968〜70(左投) 37試合 27勝3敗3セーブ 防御率0.34 勝率.900
1976〜78(右投) 29試合 20勝2敗0セーブ 防御率0.97 勝率.909
通算 66試合 47勝5敗3セーブ 防御率0.63 勝率.904
でも、いま紹介したいのは記録ではなく、「星一徹はソン・チョンイルか」と題した、文庫本12ページにわたる考察です。
星飛雄馬は1967年に青雲高校の1年生エースとしてチームを夏の甲子園準優勝に導いた。将来を嘱望されたが、暴力沙汰を起こした相棒の捕手、伴宙太をかばい中退した。プロ球団間で争奪戦が始まるが、父の一徹が巨人を逆指名。ドラフトを回避するために新人公募テストを受け、飛雄馬は合格する。
しかし、当時のプロ野球のルールでは、入団テストで合格した選手でもドラフト会議を待たなくてはならない。他球団が飛雄馬を指名することはできたのである。ところが、飛雄馬はテスト合格の直後、ドラフト会議を待たずに巨人入りしている。そして、「巨人の星」にはそうなった経緯が明確に描かれてはいない。
このようなプロセスで入団が可能なのは、飛雄馬が外国籍だった場合に限られる。
漫画ではないリアルワールドでも、1968年夏の甲子園で、静岡商業の1年生エース、韓国籍の新浦寿夫がチームを準優勝に導いた後で中退し、ドラフトにかけられることなく、5球団の争奪戦の後に巨人に入っている。(所長注:「巨人の星」連載のほうが先です。驚くべき符合。現在では外国籍の選手でも日本の学校に在籍した者はドラフト対象となっている。)
こうして著者は、星飛雄馬が外国籍であったことを示す強固な状況証拠を提示したうえで、あきらかに東洋系であることや、星親子の境遇や性格から推して、韓国籍であったのではないかと推測します。
星親子のエキセントリックなほど熱血的で感情の起伏の激しい性格、その誇り高さ、逆境における強靭な忍耐力からそう判断するのは差別、偏見につながるだろうか。(118-19ページ)
68年秋、日米野球で来日したセントルイス・カージナルスの黒人外野手アームストロング・オズマは初対決した飛雄馬に向かって、こう呟く。
「フフフフ……一目でわかったぜ、キミトオレハ同類ダ……ト!」「野球シカ能ガナイダケニナオ勝タネバナラナイ野球ロボットドウシ! ドッチノ性能ガ上カ! サア コイ!」
これを被差別者同士の直感であるというのは裏読み過ぎるか。(121-22ページ)
「巨人の星」の原作者・梶原一騎は自らの作中で飛雄馬らに向けてエールを送っています。こんな詩です。
みんなが青春を!
みんなが青春を!
みんなが青春を!
はてしなき
戦いあるのみ!
栄光のあとにも!
敗北のあとにも!
人の生きるかぎり
なんらの差別なく
戦いあるのみ!
(122-23ページ)
いま改めて読むと、魔球開発の野球マンガにはいささか場違いな「差別」という言葉に目がとまります。いつも忍耐の歯ぎしりが聞こえてくるような重苦しいストーリーであったことも思い出されます。著者は、星一徹がソン・チョンイルであったというのは妄想の類いかも知れない、と謙虚に留保していますが、ほとんど疑う余地はなさそうです。少なくとも私には、ストンと腑に落ちました。
追記:上記で触れられませんでしたが、コラムには興味深い指摘が3点ありました。
(1)韓国の姓氏は約260あるといわれる。珍しいが「星」という姓もある。
(2)韓国語には日本語の「まいった」に当たる言葉がない。
(3)韓国の人々の心を説明する「恨(ハン)」という言葉があるが、 これは日本語の「恨み」や「怨み」とは意味がまったく異なり、他者ではなく、自らの内面に深く向けられ留まる「遂げられない無念や嘆き」である。英語の「フラストレーション」に似ているが、自滅しかねないほどの強い感情である点で異なる。韓国人は「恨」を晴らすためにあらゆる努力を惜しまない。
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人はなぜ「応援」するのか?

最相葉月『東京大学応援部物語』(集英社)を読みました。自己犠牲への陶酔、束縛を求める倒錯、反知性的傾向、好意的に言っても時代錯誤の物好き……きわめて意地悪な先入観で私は応援団を見ていました。
「応援」に命さえかけかねない心性を『絶対音感』のノンフィクション作家がどう読み解くのか、興味津々で読み始めました。読み終えて、彼らの持つヒリヒリするような連帯感と孤独を強く感じましたが、それだけでは彼らが「応援」し続ける理由は説明できないとも感じました。著者も最後までよくわからないまま、ただ不思議な感動を味わって戸惑っているようです。
個々の心の中にはもっと複雑でさまざまな想いがあるはずである。本書は、その上澄みを掬い取っただけかもしれない。ただ、これが、私がリーダー一人に一年間伴走して見てきたものであり、タイトルに「物語」とつけたのはそのためである。(あとがき)
考えてみれば当たり前で、たとえば野球部(何部でもかまいませんが)の部員を取材しても、達成感も動機も、迷いも不安もさまざまで、人が野球をする理由はこれだ、などということを言えるはずがありません。それでも、著者が掬い取った11人の「物語」を読み終えて、失礼きわまりない先入観はなくなり、人はなぜ「応援」するのか、少しだけわかったような気がしています。
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プロテニス、技術論(屁理屈?)、サイエンス、歴史、文化、雑学…テニスを360°まるかじりしています。
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テニス歴だけは無駄に長い週末おやじプレーヤー。最近ときどきバックハンドが打てるようになった。第2スポーツはマラソン。趣味は落語、読書、ブログ、趣味さがし。横浜在住。O型。同年生まれの有名人に明石家さんま、所ジョージ、千代の富士、具志堅用高など。読書ブログ「所長の本棚」もよろしくお願いします。
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